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STUDY
お客様事例

オムロン株式会社様

画像:オムロン株式会社様
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競争がグローバル化しいつまでも既存事業にあぐらをかけなくなった昨今、新規事業やイノベーションを創出する構想段階で自社の知的財産に注目する企業が増えています。金融庁が中心となり定めたコーポレートガバナンス・コードに2021年「知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべき」と追加されたこともあり、その注目度はますます上がっています。

 

そんな中でケンブリッジは長年オムロン知的財産センタ様の様々な変革プロジェクトをご支援してきました。本事例では「知財センタ独自のミッション・ビジョンを作る」という希少な活動をご紹介します。

 

インタビュイー(TOP画像の左側):

奥田武夫様(オムロン株式会社技術・知財本部 知的財産センタ センタ長。インタビュー当時) 

 

インタビュアー:

岡田大祐(ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ株式会社)

 

#01はじめに

-岡田:2023年4月、オムロン知財センタにセンタ長として3年ぶりに再着任されました。再着任された際に一番驚かれたことはなんですか?

奥田氏:2018年に知財センタのメンバーが主体となって策定した「オムロン知財センタのミッション・ビジョン」が5年経過した今も形骸化することなく、メンバー全員の日々の行動指針になっていることです。

 

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オムロン知財センタ独自のミッション・ビジョン

 

-試行錯誤してミッション・ビジョンを作り額縁に入れて掲げてはみたものの社員に浸透せず、いつしかオフィスの片隅に捨て置かれてしまうようなケースもあります。

知財センタではメンバーに名刺大のミッション・ビジョンカードを配布し、毎朝、全員による唱和をしてから業務を開始するようにしています。こういった習慣づけもミッション・ビジョン作りの際に併せて議論しました。

 

-今日は、そんなオムロン知財センタ独自のミッション・ビジョンを作るに至った背景や、実際に言語化に向けて議論を重ねた「みらい会議」の様子、「みらい会議」のあと5年間もどのようにミッション・ビジョンをどうやって実効性のあるものにし続けられたか、についてお伺いしたいと思います。

 

#02知財センタの役割を再定義する場が必要だった

-まず2018年にミッション・ビジョンを作るに至った背景についてお聞きします。当時、奥田さんは「知財センタ全体として仕事の意義を問い直さねば」という課題感をお持ちでした。

2016年にケンブリッジさんにもサポートいただき「Compass」という業務改革プロジェクトを推進しました。出願や中間処理などの業務プロセスを標準化し、外部パートナーとうまく連携しながら我々は本来注力すべき業務に集中していこう、という取組みでした。その結果、約1年で我々の働き方は大きく変わり、業務時間を減らしながら作業効率を高めることに成功しました。(編集部註:本プロジェクトの詳細についてはこちらをご覧ください)

ただ一方で、業務改革が進んだことでメンバーの仕事に対する価値観が変わっていってしまうのでは、という懸念を徐々に持ち始めました。

 

-どういうことでしょうか?

知財業務を標準化しアウトソーシングの比率を高めると効率化は進むのですが、同時に「自分の役割は何なのか」「自分たちは何のためにこの仕事をやっているのか」といった仕事の意義みたいなものが希薄になるのではないか、と考えたのです。

 

-これまでやってきたことを大きく変えるとなると、変えている途中は無我夢中で仕事に没頭しますが、だんだん変革が定着化してくるとふと我に返って「これ何のためにやっているんだっけ」となることもありますよね。

はい、ですので、知財センタの役割はこういうものである、とメンバー全員が再認識する必要があると考えました。

 

-いきなりメンバー全員で議論するのではなく、まずマネジメント層の方々で「あるべき知財センタの姿」を議論されました。

当時5名いたマネジメントメンバーの間で「オムロン知財センタをどういう方向に持っていきたいのか」が揃っていないまま知財センタメンバーと議論はできない、と考えました。

あるべき姿を議論するにあたっては「ビジョン、戦略、プロセス、能力、風土」というピラミッド構造で整理しながら進めました。

 

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マネジメント層で議論した知財センタの「あるべき姿」(2018年当時)

 

-ビジョンにある「自社の技術・サービスを世の中に実装するため、事業の自由度を確保する」の意味するところを教えてください。

オムロンが何かの事業を始めようとしたときに障害物がない状態を作ろう、ということです。具体的には経営や事業部と同じ将来を見据えながら、目指すべきパテントポートフォリオを策定し、それに基づいた特許を出願していくことを指します。

マネジメントメンバー全員が「事業の自由度を確保するのは知財センタのあるべき姿として非常に意味がある」と手ごたえを得た後、「それを実現するための戦略やプロセスはどうあるべきか」「成功基準やKPIはどうするのか」といった議論を進め、トータル3か月ほどで「知財センタのあるべき姿」を仕上げました。

 

-そのあと、ピラミッドの話も含め、知財センタメンバーのみなさんとどう対話していくのか、悩んでおられました。

単に「あるべきはこうだ」と伝えるだけでは、知財センタはなぜそうならなければいけないのか、をメンバー全員に納得してもらうのは難しいのではないか、と考えました。そこで、当時わたしが抱いていた危機感を知財センタ内でオープンに共有することにしました。

具体的には、このまま業務効率化が進むと、事業部の依頼にもとづく特許の出願や権利化のみに特化した組織になってしまうのではないか、ということです。もちろん出願や権利化は知財センタにとって重要な機能のひとつです。しかし他社を見ていると、こうした機能をすべて別会社化したりアウトソーサーに切り替えたりしてコスト削減を図っているケースもあります。もし我々が同じような道を辿ったら、知財センタに所属するメンバーの今後の待遇やキャリアパスが現在の想定と変わらないという保証はありません。かなり生々しい話ではあるのですが、思い切って伝えることにしました。

 

-そうして伝えたところ、知財センタメンバーのみなさんは別の観点で課題意識をお持ちだと分かったんですよね。

はい。当時、センタ長が比較的短い間に3回交替しました。組織の長が代替わりするのは組織の常なのですが、知財センタのメンバーは「センタ長が変わるたびに知財センタの方向性が変わる。どっちを向いて進んでいけばいいのかわからない」という課題意識をもっていたようです。

私が知財センタの「あるべき姿」構想や私自身の危機感を知財センタメンバーに共有した際、彼らから、センタ長がどれだけ交代しても変わることのない「知財センタとしてのミッション・ビジョン」が必要ではないか、という意見が上がりました。とてもうれしかったのを覚えています。「それならみんなで議論してつくろう」と即答しました。

 

-そこから「みらい会議」につながっていくわけですね。

#03知財センタメンバーだけでやり切った「みらい会議」

-みらい会議の進め方もいろいろと工夫されていました。横で拝見していて、「議論するからにはセンタ長に正解を伝えないといけない」みたいな思い込みを知財センタメンバーのみなさんが持たないようにしたいのかな、という印象を持ちました。

上司の顔色を伺ったりせず議論に集中してほしい、と思いました。自分たちで脳に汗をかいて議論しないと、次の世代にそれを語り継いでいけないですしね。

みらい会議の場では、いくつかのグラウンドルールを設けました。まずもって全員参加を強制せず、来たい人は来てください、聞きたいだけの人も「聞くだけ席」を設けるのでぜひどうぞ、としました。他には、自由に発言してOK、毎回発言しなくてOK、参加有無や発言内容は評価と無関係、などのルールを設けました。

また、会議の時間帯が毎回変わるとメンバーが予定を立てづらいのでは、と思い、皆が比較的来やすい毎週水曜日の9時から1時間限定、会議室も固定、としました。

 

-どれだけ議論が盛り上がっても1時間で切ってしまうのですか?

はい、ここには明確な意図があります。こういう抽象度の高い議論はだいたい後半から盛り上がっていく傾向があるように思っていて、そうすると1時間だと議論がちょうど盛り上がるタイミングになります。そこであえてスパッと切ることによって、「もっと意見を言いたい」「もっと議論がしたい」という渇望感を刺激できるかな、と考えました。

しかしこのような工夫をせずとも、メンバーはどんどん集まったし前向きに議論していたな、という印象が強いです。2018年10月から2019年3月まで約半年間、みらい会議を実施しましたが、最後には知財センタメンバーほぼ全員が参加していたのではないでしょうか。

 

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みらい会議の様子

 

-ケンブリッジはみらい会議の推進をご支援していましたが、完全に黒子でした。

そうですね、あくまで知財センタメンバーによる自律的な議論の場としたかったため、ケンブリッジさんには議論の進め方等を別の場で相談するだけにしました。そもそもミッション・ビジョンとは何を目指すものか、ミッションとビジョンはどう違うのか、通常はどういう書きっぷりにするものか、議論の範囲はどこまで広げるのか、など基盤の部分のアドバイスをいただくにとどめ、「こういう議論になったが次にどう展開しようか」といった中身の部分については基本的に自分たちで考えて進めることにしました。

 

-みらい会議で印象に残っているエピソードはありますか?

たくさんありますが3つほどご紹介します。

一つ目は、ミッション・ビジョンをいったん仕上げた後、知財センタのあるメンバーが「こうやってみんなが考えて出した結論はもちろんだが、それ以上にみんなで考えるというプロセスが大事だったと気づいた」と話してくれたことです。こういうことに気づくと、組織が次に何か大きな課題に直面したとき、拙速に結論を出そうとせず、メンバーが率先して主体的に「みんなで考えよう」となりますよね。

二つ目は、運営メンバーの裏での頑張りです。抽象度の高い議論なので、1時間もするとホワイトボードはポストイットだらけのカオスな状態になります。その状態から次週のみらい会議までに、運営メンバーがホワイトボードの情報を精査しながらスッキリとした資料にまとめて、前回の議論の続きをすぐに始められるようにしてくれていました。本来こういうのはケンブリッジさんがお得意なところですが、今回は自分たちでやろうと決めていましたので、かなりパワーのかかる仕事でしたが頑張ってくれました。運営メンバーの本気度が、参加者の「いい議論をしなければ」というマインドに火をつけた部分はおおいにあると思います。

三つ目は、ミッション・ビジョンの唱和に関する議論です。

 

-今も毎朝、ミッション・ビジョンを週替わりで交互に唱和されていますね。

はい、これも知財センタメンバーのみなさんからの発案で決めたことです。

当初、わたしは月例会議の場で唱和すればいいのでは、と考えていたのですが、「毎日声にしないと意識するのは難しいのでは」という意見があがり、毎日唱和することになりました。両方を毎日唱和するのは時間がかかりすぎるので、ミッション・ビジョンを週替わりにしよう、と決まりました。

メンバーによって唱和の意味の捉え方はさまざまです。「あえて暗記せず、毎日唱和する中で『これを日頃の仕事でどう捉えるか』をイメージしている」というメンバーもいれば、「きちんと覚えないといざというときに意識できないので忘れないように毎日唱和している」という者もいます。捉え方は人それぞれでよくて、結果的に日々の業務に生きていればよいと考えます。

 

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オムロン知財センタでは、現在も毎朝、ミッション・ビジョンを唱和している

 

-ある知財センタメンバーの方が「既成概念を打破する存在になる」というビジョンにとてもこだわっている、と話しておられました。

そういうこだわりがよい仕事につながったりしますよね。メンバーそれぞれ、お気に入りのミッション・ビジョンの一節があるのだと思います。そういうこともあって、現在に至るまで5年間、毎日唱和が続いているのかもしれないですね。

 

#04必要なら「みらい会議 II」をやればいい

-2023年6月、知財センタのメンバー全体に向けて当時を振り返る座談会を開催しました。

現在、知財センタでは70名ほどのメンバーが働いています。ミッション・ビジョン策定時からずいぶん所帯が大きくなりました。「みらい会議」に参加したメンバーは半数くらいでしょうか。

その中で、改めて新しいメンバーにも今日お話ししてきたようなことをかみしめてもらう機会は大事なのではないか、と考えたのです。「なぜ知財センタとしてミッション・ビジョンが必要だと考えたか」「当時、どんなことを議論したのか」を共有することで、普段の仕事の中でミッション・ビジョンをより身近に感じることができるようになれば、という想いがあります。

 

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2023年6月に開催されたミッション・ビジョン座談会の様子

 

-座談会ではみなさんから様々な質問をいただきました。中でも「ミッション・ビジョンは今後変わっていくものなのか」という質問が印象的でした。

濃密な議論を経て決まったミッション・ビジョンですので、簡単に変えてよいものではないと思っています。しかし社会や会社など外的環境が変化すれば当然それに合わせて変えていくべきものだと思っています。その際はメンバーが声をあげて「みらい会議 II」が開催されることになるのでしょう。

当時「どうなったらミッション・ビジョンを変えるのか」といった運用ルールはあえて作りませんでした。やはり「変えるべきだ」というメンバーの強い意思や自律性に委ねるのでなければ、持続可能なミッション・ビジョンにはならないのかな、と考えます。

知財センタに所属する各グループのミッション・ビジョンはどうするのか、という意見もありましたが、これも「もし業務を行う際に進むべき方向が定まっておらずやりづらい」と思うことがあるのであれば自ら声を上げてグループリーダーを動かしてください、と伝えました。あくまでトップダウンではなく自発的、自律的なボトムアップが重要であると思っています。

 

-当時、ミッション・ビジョンの成功基準までは議論したものの、そこから「特許出願の件数目標」のような具体的な数値目標まではあえて落としこみませんでした。

個人的には数値目標を決めてそれに追われるのではなく、あくまでミッション・ビジョンは日頃の業務を進めるうえでの精神的な支柱であってほしいな、と思う部分もあります。

しかしなんらか数値目標を作り、その達成状況を皆でかみしめたほうがミッション・ビジョンをもっと意識できそうだ、となるのであれば、あったほうがいいのかもしれませんね。そこも「必要だ」と思う人が声をあげて積極的に議論の場を作ってもらいたい、と思います。

 

-あくまで主役は知財センタメンバーのみなさんということですね。ありがとうございました。

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