セミナーレポートSeminar Report

セミナー:「企業は人なり」三井製糖株式会社事例

 

Cambridge Seminar 2017 「企業は人なり」~リーダーはプロジェクトで育つ~

開催日:2017年2月4日(金) 開催場所:ベルサール御成門

 

激しい環境変化に対応するべく、昨今は業務改革や新規事業開発などのプロジェクト活動を行う企業が増えています。プロジェクトはいわば「未知への挑戦」であり、常に困難が伴うもの。それをやり遂げるためのカギは、人の「意思」や「想い」です。しかし、多くのプロジェクトは往々にして「やらされ感」が漂う言葉が飛び交い、当事者の意思や想いが不在となっているのが実情です。
そこで、今回のセミナーは「人」をキーワードとしました。人の「意思」や「想い」をいかに企業活動に反映させていくのか? 「意思」や「想い」を持つ次代のリーダーをどう育てるのか? そのための方法を、ケンブリッジのサービスを活用して「人づくり」に取り組まれた三井製糖株式会社の事例を通してご紹介します。「企業は人なり」を地で行くような事例から、変革や成長へのヒントがきっと見つかるはずです。

開会あいさつ:「意思」「想い」を持った次世代リーダーの育て方

ケンブリッジ・プロジェクト・ファシリテーション研究会(CPFA)会長
古河ファイナンス・アンド・ビジネス・サポート株式会社
関 尚弘 氏

 

プロジェクトを進める際に大切なのは、まずはスピードですが、それ以上に大切になのが、企業における最大の資産である「人」をどのように機能させるのか、です。私自身、プロジェクトで育った経験を持っていますし、そこでケンブリッジのコンサルタントと協働したことが大きな転機となりました。その一部始終をまとめた『反常識の業務改革ドキュメント』(日本経済新聞出版社)は、5年かけて進めた人事制度改革プロジェクトの軌跡をご一緒したコンサルタントの白川さんと交互に書き綴った本です。

 

我々がケンブリッジに期待したのは、「スピード」と「プロの外圧」です。ロケットの打ち上げで使われるブースターのように、プロジェクトを離陸させ、軌道に乗せるまでの強力な推進力が得たいと思ったのです。そして、その思いは見事に実現しました。しかし、ブースターが途中で切り離されるのと同様に、プロジェクトが終了すれば、コンサルタントはいなくなります。

 

自立・自走する力を身につけるためには、学びが必要です。そして、そのノウハウが目の前で学べる機会があるのなら、“コンサルティング・サービスをしゃぶり尽くさなければもったいない”と思いませんか? 幸いなことに、顧客とワンチームになって活動するケンブリッジのコンサルタントは、優れたプロジェクトの進め方、ファシリテーションのノウハウを惜しげもなく披露してくれます。それを見るうちに刺激され、次第に「自分でも試してみたい」という思いが湧き上がってきます。

 

また、自走する際、「ケンブリッジのように実践してみよう」という動機につながり、さらに意識が高くなると、ケンブリッジの仕事に対する全力かつ真摯な姿勢、人材育成の方法まで真似したくなります。そして最後のフェーズでは、仕事はもちろん、私生活を含めたあらゆる場で実践してみたくなる。

 

何かを変える時は必ず、プロジェクトリーダーが必要になりますが、リーダーともなれば、「絶対にやり遂げる」という「強い意思」や「熱い想い」を持った人でなければ、務めあげることはできません。しかし、どうすればそんな人が現れるのか? やはり、良いお手本から学び、時間をかけて育てなければならない。今回のセミナーではぜひ、「コンサルタントからの学び」「コンサルタントとの働き方」にも注目していただきたいと思います。

「自走で完遂」~三井製糖における業務改革プロジェクトの軌跡~

三井製糖株式会社 総務部長 中田 修裕 氏 /総務部情報システム課 藤原 誠 氏

 

1947年の創業以来、6社の合併を経てきた三井製糖は、「真に1つの会社になる」との目標を掲げ、2010年よりケンブリッジとともに基幹システムの刷新を通じた全<社業務改革プロジェクトを推進。

2013年4月、全社業務改革の本丸ともいえる「生産管理システム」の導入に着手。

立ち上げから計画策定までケンブリッジと協働するも、その後の長期にわたる実行フェーズは、ケンブリッジの手法を学んだメンバーが主体となって運営。複数の大きな課題が絡み合うプロジェクトを自走で完遂させた。

プロジェクト成功への課題

 

中田:当社は「スプーン印」でおなじみの、国内精糖業界のリーディングカンパニーです。工場は千葉・神戸・福岡・長田(兵庫)にあり、機能性甘味料を生産する長田以外は全て砂糖の工場です。

 

今回のプロジェクトにおけるポイントは3つあります。1つ目は「連産品」。原料糖から砂糖を精製してく過程では、白い砂糖のほかに、茶色い砂糖(中ザラ糖や三温糖など)といった複数の連産品が同時に生産されます。そのため、生産調整や在庫調整が非常に難しい。この点がプロジェクトでも大きな課題になりました。

 

2つ目は「合併の歴史」。千葉・神戸・福岡の3工場は出身母体が異なり、生産設備や職場のしくみも異なります。今回の改革を機に、生産性の向上とともに、業務の流れやしくみを統合することもプロジェクトの課題でした。

 

3つ目は「一旦中断となったプロジェクト」。元々、ケンブリッジとの協働は2010年4月に始まったMACSプロジェクト(経営・販売・営業・財務・人事システムなどを基幹情報システム統合)からスタートしました。MACSプロジェクトはケンブリッジと協働しプロジェクトを完遂しましたが、実はこれと並行する時期に一度、生産管理システムの導入(MILSプロジェクト)に取り組んだのです。

 

MILSは開発ベンダーの提案を受けて2009年7月にスタートし、在庫補充型生産、ロジスティクスセンターの立ち上げなどが提案されるも、社内から「当社や工場の実状に合わない」との声があがっていました。こうした事情により活動が停滞し、2011年6月に一旦中断となったのです。MACSとの並走、東日本大震災後の対応といった背景はあったものの、最大の理由はゴールの設定、ベクトルの合わせ方など、プロジェクト運営がうま<くいかなかったことにありました。

MILSプロジェクトの再スタート

 

中田:MILSは2013年4月に再スタートを切り、最初の1年2カ月をケンブリッジと協働した後は自走期間となり、2016年5月に終了しました。私は2013年1月の再スタート決定と同時に、本社情報システム部門の責任者に就任し、MILSプロジェクトのリーダーとなりました。

 

プロジェクトの目的は、3つの工場を「1つの工場内にある各ライン」のように連動させることで、全社最適の生産管理を実現すること。同時に、業務の標準化・効率化を図ることでした。先述の課題(連産品、6社のDNA)、そして一度中断したプロジェクトの再開といった複数の課題を乗り越える意味で、MILSは全社業務改革の“本丸”だったのです。

 

ケンブリッジ・中川:一度中断した経緯を鑑みて、MILSでは最初の立ち上げ期を懇切丁寧に進めました。また、早期に自走できる状態を実現するという想いも共有し、そのために各部門からエース級の人材を提供してもらいました。

立ち上げ期(コンセプト固め~要件定義)

 

中田:最初の2カ月は「ビジョン・ゴール策定」フェーズでしたが、ここでは「目指す姿を描き出し、共有する。関係者に(心理的にも)スタートラインに立ってもらう」ことを目指し、ケンブリッジの手法を活用しながら、キックオフの段階で共有できるゴールと主要成功要因を固め、関係者のベクトルを合わせていきました。

 

そのために真っ先にやったのが「中断時の振り返り」です。関係者へのインタビュー(本社・各工場、計97名)、開発ベンダーへの振り返り依頼をもとに、中断の要因分析と今後の対応を検討しました。その結果、半数以上の対象者はプロジェクトの理解度が低く、ネガティブ度も高かったことが分かりました。また、改善提案を受ける側として受け身で参画してしまい、現場の同意も得られないままに進めてしまったこと、議論を通じた方向修正や改善などコミュニケーションが圧倒的に不足していたことを痛感しました。分析結果を反省材料とし、以下のポイントを重点的に改善しました。

 

オーナーシップ不足

  • プロジェクトリーダーが、トップ~現場に対して「想い」と「覚悟」を宣言した。「フェアに」「わかりやすく」「パワフルに」「タフに粘り強く」「Have Fun!」。
  • 社長以下の社員、開発ベンダーまで全ての関係者の名前を入れた組織図を作成し、個々の役割や責任、報告や確認、情報共有の経路も明確にし、フェーズが進むごとに見直し、組織図を何度も書き直しました。これはケンブリッジの手法ですが、最初にこうしたものを作成・提示できたことが情報の「見える化」につながりました。
  • 再要件定義フェーズは、三井製糖が主体となって業務方針・システム要求の決定など、主要タスクの役割分担を明確にしながら進めていきました。
  • 共有できる旗印としてプロジェクトの「ロゴマーク」を社内公募し、自分達のプロジェクトであることを印象づけた。

 

現場の巻き込み不足

  • プロジェクトの必要性や目的意識を共有する際、「社長の発言」を上手く活用しました。
  • 検討状況や進捗状況について「足」を使ってまめに伝えた。チーム単位で定期的に説明会・報告会を実施。本社の各部門、各工場などを含め、総計61回の社内報告会を実施。特に、ビジョン・ゴール策定、再要件定義のフェーズは回数を増やし、細かく情報を伝え、質疑応答を通じて現場を巻き込むよう工夫しました。
  • 時間とコストの許す限り、現場やベンダー、ケンブリッジのコンサルタントと一緒にオフセッションを行いました。こうした場でベクトルが共有できたのと同時に、小さな不安や懸念などを拾うこともできました。

 

施策内容の理解不足

  • プロジェクトの目的、ビジョンやゴール、主要成功要因などはケンブリッジと一緒に何度も練り直し、「社員なら誰でも分かる」表現として図式化しました。そして、プロジェクト開始後も説明会や報告会を行うたびに最初に明示することで、目的意識をぶらさずに進めることができました。
実行期(開発~導入~終了)

 

藤原:このフェーズでは、当社や各工場でマスターデータを用いて実際の業務に即した表示・操作のデモを行い、イメージ通りに開発できているかどうか確認・修正作業を進めていきました。

 

システム導入は3工場に時間差をつけて順番に導入しましたが、ベンダーに丸投げではなく、我々も各工場に張り付いて一緒に導入支援を行いました。この時はケンブリッジ流のチェックポイントを毎日夕方に行い、現場社員と情報や課題の共有を図りました。また、ここで浮かび上がった問題は全て一覧表で管理し、発生場所と時間、担当者、対応状況などを記入し、対応漏れがないように逐次チェックしながら正式導入までに潰していきました。

 

プロジェクトの中盤では、ケンブリッジ離脱後の「自走」に向けた準備として、コアメンバー向けにファシリテーション研修を行い、ケンブリッジ流のアイスブレーカー、目的とアジェンダの作り方、スクライブなどを学びました。また、実際のプロジェクトを通じて、アドバイスを得つつ我々自身でも回せるようトレーニングを重ねました。特に毎回の会議終了後、必ず実践の「振り返り」を行い、修正作業を重ねたことが学びの定着につながりました。さらに、開発ベンダーにもケンブリッジの手法を採り入れてもらったことで、プロジェクトや会議の進め方が統一され、合意形成のスピードや参加者の理解度が高まったことも効果的でした。

自走に向けた準備では、ケンブリッジと一緒に「起こるかもしれないリスト」も作成しています。自走後に発生しうるリスクを網羅的に予測し、対応策をまとめたことで、その後実際に問題が発生した際、非常に役立ちました。

 

ケンブリッジ・中川:中田さんや藤原さんの熱意を見てきた中、途中で抜けるのは後ろ髪をひかれる想いがあったため、我々の離脱後に役立つような『おみやげ』を残したいと思い、作成しました。

 

中田:最終的に、各工場とも正常に稼働することができ、2016年5月、プロジェクトは無事に終了しました。さらなる取り組みとして、基幹システムの導入によって得られた人事・販売・調達・会計・生産などのデータ情報を各部門のBPR推進に役立てられるよう、「見える化推進チーム」チームを発足しています。

 

プロジェクト終了後は、成功を記念してMILSのオリジナルピンバッジを制作し、全ての関係者に進呈しました。今後、困難な場面に遭遇した時も、このバッジを見ることで自信を持って前に進んでもらいたい。そんな想いを込めました。

プロジェクトを振り返って

 

中田:MILSの成功要因は、「徹底的な振り返り」と「伝える工夫と愚直な継続」にあったと感じています。中断したプロジェクトの振り返りを通して、事前に問題点を洗い出し、対策を打てたことが、その後のプロジェクト運営を支えてくれたように思います。

 

また、進捗報告会(61回)、社長も参加したステコミ報告会(18回)など、現場へのタイムリーな説明とともに、コアメンバーによる週次の定例会も83回開催しました。事あるごとにビジョンやゴール、役割と責任を伝え続けたことで、メンバーの中に「これは自分達のプロジェクトなのだ」という意識が芽生えていったように思います。その意味でも、ケンブリッジから学んだ泥臭いコミュニケーション手法が非常に役立ったと思います。

 

私達自身もプロジェクトに対するオーナーシップが強まり、自走という目標に向けてケンブリッジの優れた手法を学びたいというモチベーションも高いまま維持できました。今回、ケンブリッジのノウハウを学んだメンバーは、仕事に対する意識がガラリと変わり、現在はそれぞれの部署で活躍しています。また、プロジェクトを境にして当社の会議の進め方も変わり、何かあれば部門横断的に集まり、議論をするケースも増えています。

 

ケンブリッジ・中川:プロジェクトは会議の積み重ねで進みます。1つひとつの会議を上手く回し続けられれば、多少の困難はあってもプロジェクトは成功に近づく。そのために、愚直に学び、改善し続けられる人が大切になる。中田さんや藤原さんはじめ、コアメンバーの意欲が高かったからこそ、今回のプロジェクトは成功したわけです。

seminar_photo

PAGE TOP